日本の歴史と高麗人参

戦国時代の武将たちは戦いに明け暮れながらも健康維持には格別の注意を払っていたと言います。

江戸幕府を開いた徳川家康は高麗人参を常に携帯するほど愛好していたと言われていますし、 秀吉を天下人にした立役者である黒田官兵衛は引退後、余生を茶の湯と人参の栽培研究にささげたと言われています。

しかし、人参の活用は積極的にされていても栽培に成功するまでの道のりは長く厳しいものだったそうです。

家康が天下をとった頃から日本での栽培努力は為されていたそうですが、種子を発芽させる難易度は高く、栽培は成功しなかったのだとか・・・

その他にも水戸黄門や伊達正宗らも苗を入手して育てているのですが、いずれも失敗したそうです。

人参栽培は難しい・・・

高麗人参の種は未成熟の状態では蒔いただけでは芽が出てきません。

人参は七月ごろになると青い果実が赤くなり、熟すと柔らかくなります。

この時期に採種して水で洗い流していきますが、この時点で胚が未成熟な為、荒目の砂と種子をまぜて鉢などに入れておきます。

こうすることによって、適当な水分と温度、酸素の供給がなされるのです。 そして、そのまま成長を続けて九月から十月にかけて胚が膨らむことによって種に割れ目が生じます。

この割れた種を11月に播種すると三月から四月にかけて発芽するのです。 このメカニズムがわかるまでに非常に長い年月がかかったそうです。

八代将軍吉宗と高麗人参

徳川中興の英主ともいわれている徳川吉宗は「暴れん坊将軍」としても人気のある偉人です。

実学を奨励した政策のひとつに、人参栽培も含まれており、積極的に施策を推進させました。

そして、1729年に日光で日本で初めて栽培に成功し、これが日本の人参栽培の始まりとなります。

栽培が可能になると、幕府はその方法を公開して、各大名に種子を分け与えます。

そして各藩における財源として高麗人参の栽培を奨励するのです。

ここでは幕府から大名に人参が下賜されたために「御種人参(おたねにんじん)」とネーミングされたのです。

その後、日本では野州、松江、会津地方が人参の栽培の中心地となっていきました。

元禄時代の大流行

吉宗が栽培に成功する少し前の時代に、江戸市中をあげて高麗人参の大ブームがおきました。

上から下まで病気に苦しむ人も健康な人も江戸中で人参の魅力に取りつかれたのです。

この頃の江戸幕府将軍は徳川綱吉でした。

人参湯を買う為に娘を売る親が出てきたり、人参袋を手に入れるために盗みをする人も出たり・・・

巷では・・・
「人参飲んで首括る(くくる)」「孝行は薬の鍋へ身を投げる」
などの川柳も流行したそうです。

ここからもわかる通り、朝鮮から対馬を経由して輸入された人参は非常に高価なものだったのです。

それでもやっぱり韓国産

そんな歴史をふりかえってみると、日本で栽培された高麗人参を使った製品も試してみたくなるかも知れません。

しかし、効果効能を考えてみると、優れているのはやっぱり韓国産です。

これは具体的には有効成分であるサポニンの含有量が大きな背景となっています。 日本産の人参のサポニン含有量と比べてみると、韓国産の人参は倍近くのサポニンを含んでいます。

特に、その種類は多岐にわたると言われており、それゆえに効能の幅も広いのです。

韓国でもプンギという地方の高麗人参は特に高い効果を発揮します。

ここで栽培された素材を使用している代表的な製品には「 高麗美人」などが挙げられるでしょう。

私も実際に使用したことがありますが、その効果は一目瞭然です。 効き目を感じたいという目的で選ぶのなら「 高麗美人」がぴったりです!

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